美容部員が他の人へ自慢できる美容歴史の豆知識として化粧の歴史があります。日本人はいつから化粧をはじめたのかというと確認されている中では3世紀後半ごろの古墳時代と言われていて、1500年前ぐらいです。この時代の化粧をした埴輪が見つかっていて、この埴輪は古墳時代が起源とされて亡くなった人が出た時に墓の周囲に配置されていたもので儀式に使われていたそうです。


発見された埴輪は赤い顔料で顔や体へ化粧を施したものが見つかり、この時代では赤い色は悪いものから身を守るための呪術的な、おまじないに近いことが認知されてました。化粧の起源は元は死者をあの世へ送る時に悪いものから身を守るために行っていたようです。

人が化粧をしはじめたとされるのは飛鳥時代で、このころは日本は倭国と呼ばれてました。あの有名な聖徳太子がいたのもこの時代で、中国はこの頃は南北に分かれていて派閥もあり、隋がその派閥を統一してました。この頃に派遣されたのが遣隋使でそれによって日本に由来してきたのが化粧の始まりの紅と白粉、香です。今でいう、チークとリップ、ファンデーションと香水です。最先端を行く中国の流行を取り入れて化粧も日本で行うようになったようです。

当時衝撃を与えた「顔面にメイク」

気になる日本で最初に行ったメイクですがその手本となったのが唐で、先程の髄を滅ぼしたのがこの国です。遣隋使が伝来させた紅などは色々なアイテムの一つで、その使い方までは知りませんでした。

そこでそのアイテムを顔面に付着するという、この時代では驚く使い方をしたのが唐の宮廷の女官の王女で、顔に白粉を塗って紅を頬や唇に塗り、眉毛を太くしてました。このやり方が日本にも伝わってきて日本でも女性たちが真似し始めたようです。

ちなみに世界の三大美女の一人であるクレオパトラは、古代エジプトではブルーのアイシャドーに縁どられたアイラインが印象的ですが、メイクのテクニックも優れていたと言われてます。アイシャドーの原点は古代エジプトの女性が始めたとも言われていて大きなくっきりとした着色は当時のエジプトの知恵が込められていて、これは強い日差しから目を守るために始まったようです。